あらためて振り返る
奥明日香さらら
テレビを付けるとやはりコロナ情報、
ネットを見ると、それらにまつわる裏情報、
ある程度の世の中の動きは知っておく必要はあるが、
それ以上の定かかどうかもわからない情報は必要ないと思うので
専門家の方に任せて、分からんもんがヤイヤイ言うのは控えた方がいいのではと私は思う、、
そんなことを思ってると今朝、Facebookで繋がってる方の投稿から、
ふと細峠のことを思い出した。
そして、10年前に作った「奥明日香の古道を行く」
のマップを取り出してみた。
さららが作る第一弾の
「奥明日香へようこそ」に続く
待望の古道マップである

このマップを作るときは、
本当に大変だったけれど、私にとって思い出に残る素晴らしい体験だったと思う
古道は探せば、いくらでもあるといっていいほど
でも、通ってこその道であり
雑草が生い茂る道に迷い、大変なことになってはいけないので
インドア派でめったに外へは行きたがらない
私が歩いてみて、
今は大丈夫(^^)と思える道を赤い線で示した。
これには載っていないけれど
栢森雌綱から高取城址を目指し、そこから壺阪寺まで
この日は、朝からさららの近くから金毘羅山へも登り
そのあとの高取城址へだったので
壷阪寺へ着いたときは、
これ以上歩くと、確実に死ぬ!と思ったので
「もうあかん、まだ死なれへん、」と役場の職員さんに懇願
お迎えを要請してもらった
案内役をお願いしていたご近所のSのおっちゃん(当時80歳くらい)
全然平気な顔していたな(笑)
最初にこれを投稿しようと思い立つきっかけとなった
肝心の細峠(;^ω^)
マップの右端、真ん中くらい竜在峠のところに、昔の茶屋跡がある
その脇の道をたどって歩いていくと細峠に出る
細峠には、芭蕉の句碑がある
道中の荒れた道のことを考えると、ここには載せられなかった
でも、何かの予算がついて道が復元される日があれば、どんなにうれしいことだろう

あらためて日付を見ると、これを作ったのが
ほぼ10年前、
あまり評価は得られなかったかもしれないが
私には、歩いた時のこと、編集をした時のこと
すべてが宝物になっている

ネットを見ると、それらにまつわる裏情報、
ある程度の世の中の動きは知っておく必要はあるが、
それ以上の定かかどうかもわからない情報は必要ないと思うので
専門家の方に任せて、分からんもんがヤイヤイ言うのは控えた方がいいのではと私は思う、、
そんなことを思ってると今朝、Facebookで繋がってる方の投稿から、
ふと細峠のことを思い出した。
そして、10年前に作った「奥明日香の古道を行く」
のマップを取り出してみた。
さららが作る第一弾の
「奥明日香へようこそ」に続く
待望の古道マップである

このマップを作るときは、
本当に大変だったけれど、私にとって思い出に残る素晴らしい体験だったと思う
古道は探せば、いくらでもあるといっていいほど
でも、通ってこその道であり
雑草が生い茂る道に迷い、大変なことになってはいけないので
インドア派でめったに外へは行きたがらない
私が歩いてみて、
今は大丈夫(^^)と思える道を赤い線で示した。
これには載っていないけれど
栢森雌綱から高取城址を目指し、そこから壺阪寺まで
この日は、朝からさららの近くから金毘羅山へも登り
そのあとの高取城址へだったので
壷阪寺へ着いたときは、
これ以上歩くと、確実に死ぬ!と思ったので
「もうあかん、まだ死なれへん、」と役場の職員さんに懇願
お迎えを要請してもらった
案内役をお願いしていたご近所のSのおっちゃん(当時80歳くらい)
全然平気な顔していたな(笑)
最初にこれを投稿しようと思い立つきっかけとなった
肝心の細峠(;^ω^)
マップの右端、真ん中くらい竜在峠のところに、昔の茶屋跡がある
その脇の道をたどって歩いていくと細峠に出る
細峠には、芭蕉の句碑がある
道中の荒れた道のことを考えると、ここには載せられなかった
でも、何かの予算がついて道が復元される日があれば、どんなにうれしいことだろう

あらためて日付を見ると、これを作ったのが
ほぼ10年前、
あまり評価は得られなかったかもしれないが
私には、歩いた時のこと、編集をした時のこと
すべてが宝物になっている
















